鑑賞・硫黄島からの手紙
58回参加者の由井啓太郎、実行委員の松田浩通を迎え、分科会メンバーでクリントイーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』を鑑賞した。以下、簡略ながら感想を記す。
米国留学経験を持ち、卓越した論理的思考能力と広い視野、部下を労る滋味豊かな人間性を備えた渡辺謙演じる栗林中将。日本人唯一の五輪乗馬金メダリストである西中佐。市井の一「パン屋」として妻子と別れ、出征した兵士・西郷。36日間に及んだ激戦を闘い、文字通り海を埋め尽くし、四方から蝟集する米国の軍*1を迎え撃ち、倒れていった彼らは現在我々の頭の中にある「帝国軍人」像とは程遠い。この映画には爆弾を抱え単身戦車に特攻する自己犠牲の美しさもなければ、傷ついた戦友を庇う極限状態の友情の崇高さも描かれない。映し出されるのはただひたすらに家族を、祖国を守りたいという男たちの願いである。
クリント・イーストウッド監督の全編を覆う透徹した視線、と徹底したリアリズムには脱帽する他ない。戦争映画にありがちな涙を誘う過度な演出は意図的に排され、観客の理解を助けるための映画的な修辞さえ殆どない。エンターテイメント性を捨象し、極限まで切り詰められた映画(それはもう映画とは言えず、もはやドキュメンタリーに近い)の簡素にして剛健な迫力が胸に焼き付く。(高井竜輔)
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